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佐川町にはかつて、佐川城というお城がありました。長宗我部元親の家臣が築き、関ケ原合戦後には土佐に入国した山内家の家臣である深尾家のお城となります。

現在は山腹に牧野公園があります。






上の地図で、青山(せいざん)文庫のすぐ手前の曲がり角をそのまま進むと、青源寺さんの山門が見えてきます。庭園は県の指定名勝です(拝観には予約が必要)。このお寺に、京都の妙心寺からやってきたのが、「南海慧俊」というお坊さんです。 亡くなったのは1684年です。




青源寺さんの山門を通り過ぎると、牧野公園への、ゆるやかな坂道が始まります。
つづら折れの道が続く桜の名所です。
舗装されている道でもどんどん登って行けますが、あちこちにある階段を使っても登れます。
舗装されている道以外を歩く時は、雨や雨の後は足を滑らさないよう気を付けてください。




つづら折れの道に沿ってゆるやかな坂道を進むと、徐々に見晴らしがよくなってきます。





牧野公園内には、牧野博士のお墓と、田中光顕のお墓があります。
田中光顕は佐川生まれで土佐勤王党に加盟、後に宮内大臣を務めました。 龍馬暗殺の際に現場に駆け付けた人でもあり、武市先生の奥さんの窮状を救った人でもあります。
青山文庫の前身である川田文庫に蔵書と資金を寄付しています。
田中光顕の号は「青山」です。鶯丸の主だった時期もありますね。

牧野公園の入口にある青源寺に、かつて南海慧俊というお坊さんがいました。

青山文庫で開催される「特別展 南海太郎朝尊」に多くの審神者が訪れると思いますが、牧野公園周辺にも、僅かではありますが、龍馬や武市先生、南海先生の残り香のようなものを感じる審神者もいるかもしれません。


特別展「南海太郎朝尊」と「刀剣乱舞ONLINE」のコラボグッズで、描き下ろしイラストの南海先生のクリアファイルがあるのですが、そこに描かれている花はもしかしたらこれかな、と思ったりもします。バイカオウレン(梅花黄蓮)という花です。
牧野公園でも、2月頃に見ることができます。

 


つづら折れの道を進むと、見晴らしも良くなってきます。
佐川は山あいの町だなと実感します。
これは春に撮った写真








公園の上の方にたどり着くと、ベンチやトイレがある小さな広場があります。
そこにある大きな岩のすぐ側から、南海太郎朝尊の工房跡がある方向(多分)をみたらこんな感じです(ここまで登るのは結構時間がかかります)。
これも春に撮った写真



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