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※現在、高知城の天守高欄は改修工事で仮の高欄になっています。天守閣最上階のベランダみたいなところです。令和2年11月後半~令和3年1月29日(金)は工事のため仮の高欄もなくなります。
「高知城 1 」の続きです。
天守閣や本丸御殿に向かうルートは二つあります。
まずは、広い階段を登り切って、当時は橋廊下と呼ばれていた、家臣の詰所だった建物内を通る、殆どの観光客が利用するルート。
もう一つは、少し回り道をして「黒鉄(くろがね)門」から向かうルート。少し時間はかかりますが、階段も観光客も少なめになります。
ゲーム刀剣乱舞のイベント「文久土佐」では、高知城は三連戦でしたね。
個人的な解釈なのですが、一戦目のマスは、この「黒鉄門」前辺りではないかと考えています。
藩主の儀式の時にだけ利用されたという、小さめの門です。
高知市街を一望できるとても見晴らしの良い場所ですが、当時は左側にも塀があったようです。
右側の壁のすぐ向こうは本丸です。
この門から攻め込もうとしても道が狭いため、銃で攻撃するために壁に空けられた穴から狙われ放題で逃げ場もなく、攻略は中々難しそうです。
広い階段を延々と登るメインルートからでも黒鉄門には行けますが、階段も観光客も少なめになるので、黒鉄門から入るルートを紹介しておきます。
大手門から始まる広い階段を頑張って登っていると、左に入る小さな道が2、3か所あります。どこを入っても、上へ上へと向かえば天守閣に行けるのですが、結構回り道になってしまうこともあります。
それほど時間のロスもなく行くとすれば、「詰門」脇の道から入っていくのがお勧めです。
天守閣の建物に沿って歩くルートです。
広い階段を登り始める前、大手門を入ったところにある案内板で先に「詰門」の場所を確認しておくのがお勧めです。
ここが本丸の入り口かと一瞬間違える観光客もいるかもしれませんが、最初から間違えやすいように造られています。この辺りは高知城の防衛上とても重要で、少し手前は小さな桝形になっているのですが、当時は門がありました。敵が門を突破できても狭い桝形の上から攻撃される、それをすり抜けられても正面に広い階段と大きな門のようなものがあるのでつい行ってしまう、すると石垣の上からまた攻撃されてしまうという仕組みです。しかも詰門の向こうに本丸への道が続いているわけではありません。メインルートは右手にある階段です。
詰門は、空堀に架かる橋と家臣の詰所を兼ねた建物です。物置や貯蔵庫の役割もあったようです。
この詰門の正面まで行くと、左に小さな道があります。
天守閣のすぐ側を通る道です。
忍び返しや石落としが残っているのは高知城だけらしいです。
この細い道から、黒鉄門に行けます。
途中に鐘撞堂があります。最初は二の丸にあり何度か場所が変わり、戦後にこの場所に移されたそうですが、武市先生や龍馬はこの鐘の音を耳にしたことがあったのでしょうか。
黒鉄門を抜けると、小さな広場があります。
メインルートから行ってもここに着きます。
刀剣乱舞のゲームでも舞台でも、南海先生が「本丸御殿前」と言っていた場所です。
本丸御殿や天守閣に行くには、入り口で靴を脱ぎ(靴箱あります)料金を支払います。
18歳以上420円、未満は無料。
ほんの少しですが、グッズも売っています。
続きはこちら → 「高知城 3」
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