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以蔵さんが投獄された山田町の獄舎の一部は、高知城近くの神社に移築されています。
名前は「薫的神社」。 「くんてき」と読みます。
「くんてきさん」とも呼ばれ親しまれています。
祭神がお坊さんという、珍しい神社です。




高知駅から歩いて行けますが、高知城からの方が早く行けます。

公共交通機関で行くなら、高知駅からだとJR(ただし本数が少ない)。
はりまや橋方面からだとバス(本数はJRよりは多め。少し歩きます)。
公共交通機関を使う場合は時刻表をよく確かめてください。
こちらも参考にどうぞ。
→「獄舎の一部が移築されている神社への行き方」





鳥居が目印です。住宅街の中にある神社なので分かりやすいかと思います。
JRで行く場合は北側から入ることになるかもしれません。
すぐ隣には安楽寺というお寺があります。
「四国八十八箇所第30番札所奥の院」です。
獄舎の一部が移築されているのは神社の方です、間違えないように気を付けてください。
神社仏閣が好きなら安楽寺さんにもぜひ。





鳥居近くに灯篭があるのですが、そこに他の商人と共に坂本龍馬の家の本家である才谷屋の名前が刻まれています。
才谷屋の番頭さんだった人が暖簾分けしてもらったお店のようです。

まずはお参りすることをお忘れなく。
獄舎は拝殿の前を右手に入ったところにあるため、参拝ナシだと神様の真正面を素通りすることになってしまいます。まずは「くんてきさん」にご挨拶です。



これが移築された獄舎です。

中には入れませんし中の様子も見えません。




以蔵さんもこんな窓から外に視線を向けたこともあったのではないでしょうか。
獄舎は家のすぐ近くにありましたから子供の頃からよく知っている景色が見えたかもしれません。
敷地内の様子しか見えなかったのかもしれません。
この中で、斬首の日まで何を思って生きていたのでしょう。



この神社では、「獄舎」ではなく「お牢」と表現しています。 そもそもなぜこの神社に移築されているかというと、祭神であるお坊さんもかつて山田町の獄舎に投獄されていたからです。
とても優れたお坊さんでしたが、江戸時代に山内家が土佐にやってきてお寺同士の勢力関係も変わり、無実の罪で投獄され最後は舌を噛み自害してしまいました。
その際大荒れの天気が続き、さらには裏切った人や無実の罪を着せた人達に不審死が相次いだそうです。
そんな言い伝えがあるお坊さんが神様としてお祀りされている神社です、獄舎を見学する場合はくれぐれも参拝をお忘れなく。


 ところでこの神社の拝殿の賽銭箱に神紋があります。 備前蝶です。
刀剣乱舞のゲームをプレイしている審神者さんの中には、これとそっくりな紋に見覚えがある人もいるかもしれません。


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