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和霊神社の最寄りのバス停から、「山ノ辺旧道」を通って神社に行く道順です。
まずは下のリンク先の記事を参考に、最寄りのバス停まで向かいます。
最寄りのバス停に行ける路線「船岡南団地行き」にはルートが二種類あります。
それぞれの路線のバスに乗った場合にどのバス停で降りればいいのかも、下記のリンク先の記事を参考にしてください。
↓ ↓ ↓
「和霊神社の最寄りのバス停への行き方」
最寄りのバス停から、ここで紹介する「山ノ辺旧道」を通って行く方法だと、途中に少々キツい坂道があります。また途中で曲がらないといけない箇所が一か所ありますが和霊神社の案内も特になく、気付けないかもしれません。
わかりやすくて平坦な道で行きたい場合は、こちらの記事を参考にしてください(ただし神社の階段はとてもキツいです)。
↓ ↓ ↓
「最寄りのバス停からの和霊神社への行き方」
最寄りのバス停から「山ノ辺旧道」で行く道順を、以下に説明します。
船岡南団地行きのバスには二種類あり、どちらの便に乗るかで降りるバス停も変わります。
下の地図にはそれぞれのバス停からの道順を矢印で示しています。
「神田本村」バス停から行く場合を、写真付きで説明します。
(「神田小学校前」バス停からの説明は下の方にあります。)
・バス停からみて二つ目の信号を渡ってから左
・右に入れる平坦な道があるので右へ
・お寺への坂道を右に見ながら直進
・キツめの坂を上る
・道なりに進むと、下の写真の案内が見えてきます。「高神公民館」を目指して進みます。
・道なりに進みます。「高神公民館」の角を曲がりたいのですが、「公民館」の表示がないのでどの建物が公民館かわかりません。
上の地図で赤字で説明している辺りに、この写真のような説明版があります。
これを目印に曲がります。
あとは道なりにまっすぐ進みます。
やがて神社の鳥居が見えてきます。
「神田小学校前」バス停からだと
・上の地図のとおり、ディスカウントストアを目印に左に入ります。
・そのまま直進します。「山ノ辺旧道」ではない平坦な道を行く場合はここで左に曲がりますが、旧道を行くなら直進です。ゆるやかな坂道を進みます。
・そのまま行くと、上で説明した道順に合流します。公民館そばにある、この地域の歴史の説明版が見えてきますのでそれを目印に左に曲がります。
・あとは道なりです。上の写真のような道です。
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和霊神社の最寄りのバス停からの道のりです。
バス停までの行き方は
↓
こちらの記事をどうぞ
「船岡南団地行き」のバス路線には二種類あり、
X1 船岡南団地行き(神田本村経由)に乗った場合は「神田本村」バス停で降ります。
W3 船岡南団地行き(吉野緑ヶ丘経由)に乗った場合は「神田小学校前」バス停で降ります。
W3 船岡南団地行き(吉野緑ヶ丘経由)に乗った場合は「神田小学校前」バス停で降ります。
それぞれのバス停からの道のりは下の図を参考にしてください。
ピンクの矢印の道順で進むのが、わかりやすくて坂道も少なくお勧めです(ただし神社の階段はかなりキツいです)。

「神田小学校前」バス停からだと、神社の階段まで600mくらいです。
「神田本村」バス停からだと、神社の階段までだいたい1キロちょっとくらい。
「神田本村」バス停から歩いていると、車道沿いに地図を書いた看板が見えますが。
これは昔の道の表示のままで、今の新しくて広い道が描かれていません。
また描かれている「山ノ辺旧道」はキツめの坂道を上りますし分かりにくいです。
山ノ辺旧道から行ってみたい場合は、こちらの記事を参考にしてください。
→最寄りのバス停から「山ノ辺旧道」を通って和霊神社へ行く道順
地図の通りに進み、ディスカウントストアを目印に信号を曲がります。

こんな表示もあります。
ディスカウントストアの信号を入るとすぐに分かれ道になります。
(消えかけている箇所もありますが)グリーンベルトに沿って進みます。
正面に見えるゆるやかな坂道の方ではなく、左に入ってください。
しばらく住宅街の中を進みます。
すると和霊神社への表示が見えてきます。
小さいですが、目に入りやすい看板です。

看板の通りに曲がった後は、下の地図を参考にしてください。
とても狭い道を入ります。


右手に畑を見ながら、とても狭い道をさらに進みます。
すると左側に、和霊神社の鳥居が見えてきます。
鳥居付近には説明版があります。
肥前忠廣の字も見えます。
とても急な階段です。
手すりもありません。
特に雨の日やその翌日、朝露でまだ地面が濡れている時などは、滑りやすくてとても危ないので本当によく注意してください。
こんなに登りにくい箇所もあります。
近くの学校のチャイムがよく聞こえてくる、のどかな雰囲気ですが足場は悪いです。
神社は階段の右側に見えてきます。小さくて素朴な神社です。
龍馬の生誕祭あたりには、横断幕で飾られています。
上る時は、大変な思いをした急な階段ですが。
下りは転んでしまいそうな怖さがあります。
ピンクの矢印の道順で進むのが、わかりやすくて坂道も少なくお勧めです(ただし神社の階段はかなりキツいです)。
「神田小学校前」バス停からだと、神社の階段まで600mくらいです。
「神田本村」バス停からだと、神社の階段までだいたい1キロちょっとくらい。
「神田本村」バス停から歩いていると、車道沿いに地図を書いた看板が見えますが。
これは昔の道の表示のままで、今の新しくて広い道が描かれていません。
また描かれている「山ノ辺旧道」はキツめの坂道を上りますし分かりにくいです。
山ノ辺旧道から行ってみたい場合は、こちらの記事を参考にしてください。
→最寄りのバス停から「山ノ辺旧道」を通って和霊神社へ行く道順
地図の通りに進み、ディスカウントストアを目印に信号を曲がります。
こんな表示もあります。
ディスカウントストアの信号を入るとすぐに分かれ道になります。
(消えかけている箇所もありますが)グリーンベルトに沿って進みます。
正面に見えるゆるやかな坂道の方ではなく、左に入ってください。
しばらく住宅街の中を進みます。
すると和霊神社への表示が見えてきます。
小さいですが、目に入りやすい看板です。
看板の通りに曲がった後は、下の地図を参考にしてください。
とても狭い道を入ります。
右手に畑を見ながら、とても狭い道をさらに進みます。
すると左側に、和霊神社の鳥居が見えてきます。
鳥居付近には説明版があります。
肥前忠廣の字も見えます。
とても急な階段です。
手すりもありません。
特に雨の日やその翌日、朝露でまだ地面が濡れている時などは、滑りやすくてとても危ないので本当によく注意してください。
こんなに登りにくい箇所もあります。
近くの学校のチャイムがよく聞こえてくる、のどかな雰囲気ですが足場は悪いです。
神社は階段の右側に見えてきます。小さくて素朴な神社です。
龍馬の生誕祭あたりには、横断幕で飾られています。
上る時は、大変な思いをした急な階段ですが。
下りは転んでしまいそうな怖さがあります。
写真ではわかりませんが、足場が悪く手すりもない急な階段を下りることになります。
足を滑らせないよう、転んで怪我をしないよう、くれぐれも気を付けてください。
距離としてはそれほど遠くはないのですが、とにかく階段の上り下りが大変です。
バスの時間をあらかじめ確認し、時間に余裕を持って訪れることをお勧めします。
帰りのバスの時刻やバス停の位置は、こちらの記事の地図などを参考にしてください。
↓
和霊神社の最寄りのバス停までの行き方
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龍馬が脱藩の際に立ち寄った和霊神社は、龍馬の家があった場所から、現代の道を最短コースで行くと3.5キロほど南に行ったところにあります。才谷屋所有だった水谷山に、宇和島の和霊神社を勧請して建立されました。
ここでは、最寄りのバス停まで行く方法を紹介します。
本数が少ないので、必ず時刻表を確認しておいてください。
「高知駅」からでも「はりまや橋」からでも乗れるバス路線があります。
市内中心部を通る路線なので、高知城や龍馬生誕地辺りから乗ることも可能です。
高知駅から乗るなら、「高知駅前」バス停から乗ります。
高知駅の北側(路面電車がない方)にあるバスターミナルは通りません。
路面電車側にある歩道橋を渡ったところのバス停から乗ります。
時刻表はこちら→「高知駅前」
リンク先一枚目が平日用、二枚目が土日祝用
「船岡南団地」行きに乗ります。
バス停に貼られている時刻表を見ると、「船岡南団地」行きには二種類あることがわかります。
行先は同じですが、途中、別々のルートを通ります。
どちらに乗っても行けますが、降りるバス停は別になります。
高知駅からだとバス代は400円、道が混んでいなければ20分くらいです。
はりまや橋周辺から乗るなら、
・「北はりまや橋」バス停
(上の「高知駅前」バス停の時刻表を参照。高知駅前バス停を通って2分後に来ます)
・「堺町」バス停(高知駅前バス停を通って5分後に来ます)
「神田本村経由」の路線だと、「神田(こうだ)本村」バス停で降ります。
神社の階段まで1キロちょっと歩きます。
「吉野緑ヶ丘経由」の路線だと、「神田(こうだ)小学校前」バス停で降ります。
神社の階段まで600メートルくらいです。
バス停はこんな感じです。
帰りのバスの時刻表も載せておきます。先に必ず時刻表を確認しておいてください。
「神田本村」の時刻表
一枚目が平日用と土日祝用
「一宮BT」行きは、はりまや橋周辺のバス停を通り高知駅前バス停も通ります。
「桟橋車庫」行きは、はりまや橋周辺のバス停を通り高知駅とは反対側に向かいます。
「神田小学校前」の時刻表
一枚目が平日用と土日祝用、ここを通るバスは、はりまや橋周辺のバス停を通り高知駅前バス停も通ります。
来る時とは違うバス停から乗ることもあると思いますので、それぞれのバス停の地図も載せておきます。
バス停から神社までの行き方に続きます
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2025.09 内容を見直しました
変更や間違いがあればその都度修正していきます
高知県立坂本龍馬記念館は、桂浜の近くにあります。桂浜から歩いても簡単に行けますが、小高い丘の上なので少々疲れます。
高知市街地の、龍馬の生家があった辺りにある「龍馬の生まれたまち記念館」とは別です。名前が似ているので混同しないよう気を付けてください。
桂浜の一つ手前のバス停で降りますので、行き方は桂浜と同じです。
こちらを参考にどうぞ → 桂浜への行き方
最寄りのバス停「龍馬記念館前」から坂道を登ると数分で見えてきます。
写真の右側にある建物に受付があります。
ちなみに、この写真のさらに左側にもう一つ建物があります。
公共の宿「国民宿舎桂浜荘」でしたが、2021年9月末で休館となりました。
→「桂浜別邸 龍馬荘」として2027年4月までにオープン予定
全室露天風呂付のお部屋らしいですよ!
龍馬記念館の建物はとても綺麗です。もちろんトイレもすごく綺麗。
ロッカーも受付付近にあります。
館内は、写真撮影が大丈夫な箇所もありますが場所によっては禁止なのでよく確かめてください。
企画展示や通常展示を全てじっくり見ていこうとすると結構時間がかかります。
龍馬が暗殺された時の近江屋の部屋を復元したものもあり、「靴を脱いでお入りください」と注意書きがありました。
龍馬は部屋の奥、掛け軸の前辺りに座っていたそうです。復元された部屋に入ってみて、ぜひ当時の雰囲気を体感してみてください。天井が斜めになっていて、窓際の辺りは結構低くなっていたことなどが分かります。
暗殺時の血痕が付いた掛け軸と屏風の複製が別の展示室にありますが、それらも一緒に復元されています。複製ですが血痕が残っているものを実際に目にすると、暗殺の瞬間を色々想像してしまいますね。
建物内にはカフェなどはないのですが、ちょっとした休憩スペースがあります。
自販機もあります。
休憩スぺースからも、海が見えます。
路線バス桂浜線は、短い距離ですがこの海岸沿いの道を通ります。
(MY遊バスは別のルート)
屋上からも海が見渡せるので、ぜひ行ってみてください。
天気が良い日は特に綺麗です。
売店は出口付近にあります。
館内を順路通りに進むと、渡り廊下で隣の建物に移動することになるので、受付近くのロッカーに荷物を預けている場合は再度、受付のある方の建物に戻ることになります。
もちろん中を通っても行けますが、一度外に出てから隣の建物に向かう方が早くて簡単です。
入口がある建物と出口がある建物の間の道の先には駐車場と遊歩道があり、そこからも綺麗な海を眺められます。
龍馬記念館のある辺りには、古くから浦戸城というお城がありました。
そこに長宗我部元親が新たに築城したのは、三層の天守閣や本丸をはじめとする大規模なお城でした。
記念館や桂浜荘がある辺りに本城があったとのことです。
残念ながら、当時のものは何も無く、石垣の一部と堀切が森の中に僅かに残っているだけです。
堀切は、駐車場の隅から続く遊歩道の先にあるとのことです。
記念館に行くには、桂浜の一つ手前のバス停で降ります。
こちらを参考にどうぞ → 桂浜への行き方
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「龍馬のうまれたまち記念館」は、龍馬の家があった辺りにあります。
行き方は一番下を見てください。
桂浜にある「坂本龍馬記念館」とは別です。
高知市内中心部にある、龍馬の生家近くの小さな記念館です。
小さな記念館ですが交通の便が良くて行きやすく、龍馬がどんな空気の中で育ったのかを感じることができます。
記念館前の道はこんな感じ。
車も割と通りますが、写真右側に広い歩道がありますので安心です。
歩道と車道の間には、水路が通っています。
龍馬について調べていると「水道町」という地名が目に入ることがあるかもしれません。
その「水道」が、当時からあったこの水路です。
記念館の入り口。
小さな記念館です。入館料は一般300円。
龍馬が育ったのはどんな町だったのかがわかります。
龍馬の家の離れの再現もあり、靴を脱いで上がれます。
龍馬へのメッセージを書けるノートがあり、上の写真にも山のように積まれているのが写っています。
みなさんもぜひどうぞ。
記念写真コーナー。
自分が隣に座ってもよし、刀剣乱舞ONLINEアプリのお供機能で撮っても良し。
持参したグッズと一緒に撮っても良いですね。
当時の町の様子。
刀剣乱舞で言えば、幕末の土佐の刀達が知っている景色でもありますね。
写真左側に、今も残っている水路のある通りが見えています。
右側は、多分路面電車が走る通り。当時は今よりずっと細い道でした。
お土産物は、受付のすぐ左側です。
トイレも綺麗です。
年中無休で朝8時から最終入館は18時30分まで。
行きやすい場所にあるので、ぜひどうぞ。
うまれたまち記念館のサイトはこちら。
https://ryoma-hometown.com/
規模は小さいのですが、企画展もチェックしてみてください。
また、ボランティアガイドさんがいるときは館内をじっくり案内してもらえますし、まち歩きガイドも数コースあります。詳しくは上記のリンクからどうぞ。
行き方ですが、龍馬誕生地の碑の近くです。
こちらの記事も参考にどうぞ→龍馬の生家があった辺り
路面電車でも路線バスでも行けます。
バスで行く場合、路線を間違えないように注意してください。
はりまや橋や高知駅のバス案内所で確認するのがお勧めです。
市内均一料金内なので240円です。
高知駅から行く場合は特によく確認してください。高知駅の北側にあるバスターミナルで、乗り換えなしで行けるバスを聞いてみてください。
(乗り換えると時間もかかるしバス代も高くなります)
最寄りのバス停は「上町2丁目」です。
(龍馬の誕生地の碑に寄ってから行くなら「上町1丁目」で降ります)
高知駅から路面電車で行くなら、はりまや橋で乗り換えます。
「鏡川橋 朝倉 いの 方面行き」に乗ります。どれに乗っても行けます。
230円です。
高知駅から行く際は、はりまや橋での乗り換え時に「乗換券」を忘れずに貰ってください。
高知駅から乗り、電停「はりまや橋」で運賃箱に230円を入れて降りる時に「乗り換え券」を貰えば(すぐに渡せるよう運転手さんが用意しています)、乗り換えた後(乗車の際には整理券を取る)、最寄りの電停「上町一丁目」で降りる際は、お金ではなく乗り換え券と整理券を運賃箱に入れればいいです。
路線バスで行くなら「上町2丁目」
路面電車で行くなら「上町一丁目」
が、最寄りになりますが、1丁目と2丁目を間違えてしまっても、そんなには離れていません。
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龍馬が生まれた育った家は、ここにありました。
生誕地の碑があります。
路面電車が通っている大通り沿いです。
最寄りは路面電車も路線バスも「上町一丁目」。
路面電車の方が確実ですし本数も多いのでお勧めです。
路線バスは乗る路線を間違えないよう、高知駅や、はりまや橋の案内所で確認してから乗ってください。高知駅からでも、乗り換えずに行ける便に乗れば240円で行けます。
高知駅から路面電車で行く場合は、はりまや橋で乗り換えになります。
(たまに、乗り換えなくても行ける便がありますが、基本は乗り換えです)

龍馬の生家がある辺りへ、はりまや橋から路面電車で行くには 「鏡川橋 朝倉 いの 方面行き」に乗ります。どれに乗っても行けます。
230円です。 高知駅から行く際は、はりまや橋での乗り換え時に「乗換券」を忘れずに貰ってください。
高知駅から乗り、電停「はりまや橋」で運賃箱に230円を入れて降りる時に「乗り換え券」を貰えば(すぐに渡せるよう運転手さんが用意しています)、乗り換えた後(乗車の際には整理券を取る)、最寄りの電停「上町一丁目」で降りる際は、お金ではなく乗り換え券と整理券を運賃箱に入れればいいです。
11月の生誕祭には、たくさんの花で飾られます。
路面電車の通りに面していて騒がしい雰囲気の場所なので、ゆっくり過ごすという感じではありませんが、きっと当時も、この辺りは活気に満ちていたのではないでしょうか。

家紋のあるベンチとピストルの写真があるベンチが、車道に背を向ける形で置かれています。
生誕地の碑は建物に挟まれていますが、隣の病院や南側にあるホテルも全部龍馬の家の敷地でした。表玄関は路面電車の軌道辺りにあったという話もあるくらいなので、かなり広い屋敷だったことが分かりますし、裕福だったという話も頷けます。
実際に行ってみると、敷地の広さを実感できると思います。ぜひ、周囲を歩いてみてください。
ちなみに、本家である「才谷屋」跡も、歩いて数分の所にあります。
今は学習塾になっています。

龍馬の生誕地から才谷屋があった場所までの地図はこちら
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龍馬が生まれた育った家は、ここにありました。
生誕地の碑があります。
路面電車が通っている大通り沿いです。
最寄りは路面電車も路線バスも「上町一丁目」。
路面電車の方が確実ですし本数も多いのでお勧めです。
路線バスは乗る路線を間違えないよう、高知駅や、はりまや橋の案内所で確認してから乗ってください。高知駅からでも、乗り換えずに行ける便に乗れば240円で行けます。
高知駅から路面電車で行く場合は、はりまや橋で乗り換えになります。
(たまに、乗り換えなくても行ける便がありますが、基本は乗り換えです)
路線バスと路面電車だけで使える、地元のICカードがあります。
SuicaもICOCAも使えません。
地元のICカードか現金必須です。
龍馬の生家がある辺りへ、はりまや橋から路面電車で行くには 「鏡川橋 朝倉 いの 方面行き」に乗ります。どれに乗っても行けます。
230円です。 高知駅から行く際は、はりまや橋での乗り換え時に「乗換券」を忘れずに貰ってください。
高知駅から乗り、電停「はりまや橋」で運賃箱に230円を入れて降りる時に「乗り換え券」を貰えば(すぐに渡せるよう運転手さんが用意しています)、乗り換えた後(乗車の際には整理券を取る)、最寄りの電停「上町一丁目」で降りる際は、お金ではなく乗り換え券と整理券を運賃箱に入れればいいです。
11月の生誕祭には、たくさんの花で飾られます。
路面電車の通りに面していて騒がしい雰囲気の場所なので、ゆっくり過ごすという感じではありませんが、きっと当時も、この辺りは活気に満ちていたのではないでしょうか。
家紋のあるベンチとピストルの写真があるベンチが、車道に背を向ける形で置かれています。
生誕地の碑は建物に挟まれていますが、隣の病院や南側にあるホテルも全部龍馬の家の敷地でした。表玄関は路面電車の軌道辺りにあったという話もあるくらいなので、かなり広い屋敷だったことが分かりますし、裕福だったという話も頷けます。
実際に行ってみると、敷地の広さを実感できると思います。ぜひ、周囲を歩いてみてください。
ちなみに、本家である「才谷屋」跡も、歩いて数分の所にあります。
今は学習塾になっています。
龍馬の生誕地から才谷屋があった場所までの地図はこちら
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龍馬が14歳から19歳まで通っていた日根野道場は、はっきりした場所がもうわからず、この辺りにあったという表示がかろうじて残っているくらいです。
上の地図は路面電車の「上町一丁目」電停からの道のりです。
龍馬の生まれたまち記念館や、龍馬の生家があった辺りも近いので、行き方についてはこちらの記事を参考にどうぞ
→ 龍馬の生まれたまち記念館
→ 龍馬の生家があった辺り
上町一丁目交差点をまっすぐ南へ向かうと、短い坂道に突き当ります。
その坂道を上がってすぐ右手の辺りに、道場跡の表示があります。 見つけやすいはずですが、季節によっては写真のように生い茂る草に埋もれそうになっているかもしれません。
せっかく来ても、残念ながらこれしかありませんが、登ってきた短い坂道を川の方に降りると、こんな景色が目に入ります。
当時から、この辺りは「築屋敷(つきやしき)」と呼ばれていたそうです。 龍馬が生まれる130年ほど前、町民達が許可を得て石垣を築いたのが始まりです。
当時の雰囲気を少しだけ味わえます。
また、のんびり散策するのにもちょうどよい道です。通勤通学の時間帯以外は時折散歩する人がいる程度です。
堤防の向こう側に降りることもできます。向こう側にも川沿いの道があって、鏡川に架かるいくつかの橋の下を通るため、信号を待つ必要がないのでよく自転車が通ります。ウォーキングや犬の散歩をしている人もよく見かけます。車は入ってきません。
時間があれば、龍馬も親しんだ鏡川を感じながら散歩してみてはいかがでしょうか。
夕方には鏡川の魚が跳ねます。西日がとても眩しいのですが、龍馬も同じように眩しいと思いながら、この辺りを歩いたことがあるかもしれません。
そのまま西に歩くと、30分近く歩くことになりますが、以蔵さんの首が晒された鴈切河原まで行けます。
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龍馬が14歳から19歳まで通っていた日根野道場は、はっきりした場所がもうわからず、この辺りにあったという表示がかろうじて残っているくらいです。
上の地図は路面電車の「上町一丁目」電停からの道のりです。
龍馬の生まれたまち記念館や、龍馬の生家があった辺りも近いので、行き方についてはこちらの記事を参考にどうぞ
→ 龍馬の生まれたまち記念館
→ 龍馬の生家があった辺り
上町一丁目交差点をまっすぐ南へ向かうと、短い坂道に突き当ります。
その坂道を上がってすぐ右手の辺りに、道場跡の表示があります。 見つけやすいはずですが、季節によっては写真のように生い茂る草に埋もれそうになっているかもしれません。
せっかく来ても、残念ながらこれしかありませんが、登ってきた短い坂道を川の方に降りると、こんな景色が目に入ります。
当時から、この辺りは「築屋敷(つきやしき)」と呼ばれていたそうです。 龍馬が生まれる130年ほど前、町民達が許可を得て石垣を築いたのが始まりです。
当時の雰囲気を少しだけ味わえます。
また、のんびり散策するのにもちょうどよい道です。通勤通学の時間帯以外は時折散歩する人がいる程度です。
堤防の向こう側に降りることもできます。向こう側にも川沿いの道があって、鏡川に架かるいくつかの橋の下を通るため、信号を待つ必要がないのでよく自転車が通ります。ウォーキングや犬の散歩をしている人もよく見かけます。車は入ってきません。
時間があれば、龍馬も親しんだ鏡川を感じながら散歩してみてはいかがでしょうか。
夕方には鏡川の魚が跳ねます。西日がとても眩しいのですが、龍馬も同じように眩しいと思いながら、この辺りを歩いたことがあるかもしれません。
そのまま西に歩くと、30分近く歩くことになりますが、以蔵さんの首が晒された鴈切河原まで行けます。
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